チェロを弾く友人から本が届いた。
「シベリアのバイオリン」―コムソモリスク第二収容所の奇跡―
彼女からの今年の年賀状で紹介があった、お姉さまが出版されたという本だ。
手が空くまで待ちきれず、夕食の準備をしながら読み始めた。
お父様の壮絶な体験をまとめられた本だった・・・。興味深い。文章がわかりやすく、すうっと頭に入ってくる。そのときの状況まで容易に想像できるような書きっぷりだ。ついつい引き込まれ、夕食の支度は後回しにして、一気に読み終えてしまった。
「うまい文だなあ・・。」
あわてて包丁を使っている間に読み出した古民家の主もつぶやく。
大学時代、オーケストラ仲間で彼女の家に泊めていただいた折り、お父様とお会いした。バイオリンの上手な、博識でおだやかな方だった。壁一面がクラシックのレコードで埋め尽くされた、まさに音楽の湧き出る家、という印象が今、鮮やかによみがえる。
あのお父様がシベリアの収容所で、手作りのバイオリンで楽団を作られていたなんて!死と隣り合わせの中で音楽への情熱で命を繋いでおられたなんて・・・!あの時にそうしたお話をうかがっていたら・・、と何十年もたって後悔する。
数年のち、お父様の訃報を耳にし、ああ、もったいない、と思ったことも思い出す。
友人はその後も仕事をしながら、チェロで演奏活動を続けていた。オーケストラと共演した写真入りの年賀状が届いたときは、
「すごいなあ、さすがKちゃん!」
とため息をついた。音楽の湧き出る家で育った才能あふれる姉妹だ。
著者であるお姉さまはピアニスト。演奏会にもおじゃましたことがある。名門の音大出身で、気品あるピアノを弾く方だった。
天は二物を与えず、どころか、できる人は何でもできる。こんなすごい本まで出版してしまうなんて・・。
先の戦争が、もう語り継ぐ人もなくなってきて、風化の一途をたどりつつあることに危機感を覚える令和の時代。今、このような感動の本にめぐり合えたことは本当に有難い。よくぞ出版してくださったと思う。ぜひぜひたくさんの方に読んでいただきたい。
柔和な笑顔で、いろいろな名曲のフレーズを次々に演奏してくださった、あのお父様の心にあった、あの時の私達が汲み取ることができなかった想いを、ぜひ令和を生きる人たちに伝えたい。この本を読み終えたときの正直な感想だ。
お姉さまがこの本を世に出されたことで、お父様やシベリア抑留生活を余儀なくされた方々の深い想いが次につながることを願ってやまない。
全国の書店で販売されているということですが、部数の関係で手に入らない時は、書店で取り寄せていただくか、ネットで注文していただくか・・ということでした。
地湧社(ちゆうしゃ) 「シベリアのバイオリン」窪田由佳子著